
1975年7月20日から1976年1月18日にかけての半年間、沖縄本島北部、本部町の海岸(いまの美ら海水族館の場所あたり)にて、沖縄国際海洋博覧会(EXPO’75)が開催されました。来場者数は約350万人。こうしてみると、1970年の大阪万博からわずか5年なんですね。小学生だった私も中学生になっており(いや、なってないかも、もしかしたらまだ小学生?)、沖縄旅行を兼ねてのパックツアーに家族で行ってきました。沖縄返還から3年後だったんですね。
さて、画像の記念切手は、1975年7月20日(EXPO’75開幕の日)に発行されたもの。発行元は当時の郵政省。小型シート(3種連刷)の形式で、額面としては
20円:エイサー踊りの女性(沖縄の伝統文化を象徴)
50円:海をイメージしたシンボルマーク(博覧会公式ロゴ)
50円:熱帯魚(沖縄の海の豊かさを象徴)
となっていました。この記念切手は沖縄返還後に初めて行われた世界規模の博覧会を記念するものであり、沖縄にとっては「国際社会に向けたデビュー」の象徴。切手デザインも「文化(人)+科学(ロゴ)+自然(魚)」の三位一体でまとめられています。通常の単片切手も発行されましたが、この「小型シート」はコレクター向けに特別に作られたものです。裏面の説明(日本語+英語)には博覧会の概要と切手の意図が書かれていて、外国人観光客にもお土産として人気だったようです。

さて、この沖縄海洋博ですが、またしても用意しました、スタンプ帳です。あれだけ、悲しい思いをした大阪万博のスタンプ帳。今回は本当に大事に慎重に扱ったのを今でも覚えています。ただ、この画像のスタンプ帳は自分のものかどうか怪しいんです。というのも、「アクアポリス」のスタンプが思いっきりずれているんですよね。はたして、子供の頃の私が、これに満足てきたのか、、、満足しちゃうような子供ではなかったような気がするなあ。まあ、それはさておき、実は、大阪のときのようなたくさんの時間がとれなかった今回の海洋博。初日は沖縄見学ツアーでしたし。画像にある3つのパビリオンは確実に行ったみたいです。
「アクアポリス」
直径100m・高さ32m、総重量5,000トン。
日立造船が建造し、博覧会終了後も20年以上、沖縄の海に浮かんでいました。
コンセプトは「未来の海上都市」=海に浮かぶ人類の新しい居住空間。
内部は展示フロア、シアター、海洋開発や生活システムの紹介コーナーになっていました。船で渡って海上都市に上がるというのは、もうそれだけで、非日常体験。展示内容以上に海の上に浮かぶ巨大な建物に入った!という記憶が強烈でした。
「WOSくじら館」
正式名称は「ワールド・オーシャン・システムくじら館」
巨大なクジラをテーマにした展示で、実物大に近い骨格標本や映像を駆使して「海の王者」としてのクジラを紹介していました。当時は捕鯨問題や環境保護の論点が国際的に注目され始めた時期で、「クジラをどう守り、どう共存するか」を訴えるメッセージ性がもたされていました。アトラクションとしては館内は映像・音響演出が多用されていて、クジラの世界に没入する「体感型展示」でした。
「三井こども科学館」
三井グループが出展したパビリオンでテーマは子供に科学の楽しさを伝えること。
ロボットや映像を使った体験型展示があり、子供が直接「遊びながら学べる」要素が強かったようです。海洋テーマに沿って「海中探検シミュレーション」や、映像と声を使ったインタラクティブな仕掛けもあったみたいです。全然覚えていないけど。
実は、私が強く印象に残って覚えているのは、長い行列の待ち時間のどこかに設置してあった「タコ坊」っていうアトラクション。おそらくカメラで私たちをモニターしてくれてた方が、画面に映る線画アニメのタコ坊に扮して会話してくれるやつ。弟と一緒に夢中になって会話したのが記憶に残っています。列が進んじゃってお別れするのがものすごく悲しかったことも。私たち家族が並んだどこかですので、上記3か所のどこかの可能性が高いなあ。まあ、2025年の今では全然珍しくないアトラクションなんでしょうけど、、、。
実はこの頃に買った記念100円硬貨も一緒に載せたかったのですが、残念ながら見つかりませんでした。代わりに見つかった、当時お土産として買った絵葉書を最後に載せさせてください。私、小学生、中学生の頃って、よく絵葉書も買ったんです。一度カテゴリーポップカルで宇宙戦艦ヤマトの絵葉書紹介したような、、、。最後にそれを載せさせてもらって今回の記事は終わりにします。2025年の万博はどうやら行けそうにありません。

(2025年11月1日追記)
やはり、「EXPO 2025 大阪・関西万博」行けませんでした。まあ、歳も歳だし、一人ではなかなか行動も難しいし、しかたありませんね(ノ_・。)
(2025年11月13日さらに追記)
この記事の下書きを書いたのは2025年8月31日。そろそろアップしたいなって思っていた今日、母の遺品を整理していたら偶然出てきちゃいました。ちょっと上の方で書いた見つからなかった100円硬貨です。実は、私、幼い頃に家に入った泥棒さんになんとなく集めていたコインを盗まれちゃったことあるんです。切手は無事だったんです。それ以来、切手収集のみにしぼってコイン収集は止めちゃったんですよね。もしかしたら、これ、生き残ったコインを母が保管しておいてくれたのかもしれません。ちなみに画像、裏面がひっくり返っちゃっているのには後で気がつきました。
